MMFの元本割れはどんなときに生じるのか?


1.三洋投信委託のMMF元本割れ

2000年8月30日、三洋投信委託の運用するマネーマネジメントファンド(MMF)の基準価額が1口 = 1円の投資元本に対して0.9984円になりました。MMFは1992年に日本で初めて設定されて以来、比較的安全性の高い貯蓄性商品として位置づけられており、実際に、どの運用会社のMMFも基準価額が投資元本を下回ったことはありませんでした。MMFといえども本来的には投資信託であり、だれもその収益や元本を保証していないので、元本割れという事態は決して異常とはいえないのですが、社会通念としてMMFは安全であるというコンセンサスが投資家・販売会社・運用会社に共通して出来上がってしまい、その結果MMFは安全(性が高い、ではなくほぼ完全に安全)な投資対象とみなされるようになってしまっていました。

2.資産の評価価額

投資信託の純資産額は保有する資産の評価価額の合計です。例えば評価価格が100円の債券額面100億円と評価価格が99円の債券額面100億円を保有していれば純資産は199億円です。仮に一口元本1円の受益証券を199億口発行していれば、基準価額は1円になります。ここで問題になるのは、この「評価価格」とはどんな価格であるか、ということです。おおざっぱに言って3種類あります。

  1. 時価: 現在投資信託の保有する証券のほとんど、例えば株式や外国証券や長期債は、長期公社債投信などの場合を除いて、全て取引所の価格や証券業協会の公表する基準気配値、あるいは運用会社が証券会社や銀行から入手した時価を評価価格に使っています。
  2. 取得価格: 長期公社債投信は、2001年4月以降に始まる決算期までは多くの資産が取得価格またはそれに準じる価格で評価されています。また、取得価格に準じる評価方法として、1年以内に償還の来る債券、及び償還まで保有することを前提に保有している債券(純資産の10%まで認められています。満期保有債券と呼ばれます)は、アキュムレーション・アモチゼーションと呼ばれる、取得価格を元にした方法で評価されています。
  3. 理論価格: 公正な時価が入手しづらい債券については、金利などを用いた推定した時価、という形で、理論価格による評価が行なわれることがあります。

3.潜在的な問題

これらが問題をおこし得るのは、主に債券が売却されたときです。具体的には、1)の場合取引コスト、2)の場合市場金利の変動、3)の場合理論価格の妥当さです。

1)については、投資信託の保有資産は、いずれも売却コストを加味しない価格で評価されています。したがって、例えば保有資産を評価価格どおりで売却しても、売却コストの分だけ純資産は減少します。

2)のように取得価格やそれを元にした価格で評価されていると、取得後に市況の変化で価格が変動してもそれは純資産に反映されず、含み益・含み損が発生します。含み益がある、つまり時価が評価価格よりも高い資産を売却すれば、それだけで純資産や基準価格は上昇しますし、逆に含み損がある、つまり時価が評価価格よりも低い資産を売却すれば、それだけで純資産や基準価格は下落します。

最後に3) 理論価格は、うまく行けば時価と同程度に有効な価格が計算できますが、理論だけに、「机上の空論価格」に堕してしまう場合があり、売却してみたら全く異なる価格でしか売却できなかった、という場合があり得ます。

上記のような問題が起きるとき、運用会社が保有資産をルールに基づいてできる限り公正な(あるいは少なくとも規制で認められている)方法で評価していても、ファンドの純資産や基準価額は大きな変動を起こします。大きな変動がマイナスの方に出た場合、基準価格は下落し、場合によっては投資元本の価額を下回るでしょう。

4.なにが起こったのか

さて、三洋投信委託のMMFの場合、このころの短期金利が年率で大体0.25~0.30%程度であったことを考えると、一日で-0.16%という数字はかなり大きいであるといわざるを得ません。なぜこのようなことに到ったのかを、三洋投信委託自身の発表を元に推測すると、b)に関連する問題が発生し、取れる最善の対策を取った結果a)の問題を伴って1日で元本1円あたり0.9984円まで基準価額が下落するという事態に到った、という事のようです。詳しく説明すると次のようになると思います。

  1. 2000年8月11日、日本銀行がオーバーナイト無担コールの誘導レートを0.25%に引き上げた結果、円金利は全般に0.2%前後上昇した。
  2. 金利が上昇したので三洋投信委託の運用するMMFを含む、多くの債券ファンドの時価は下落した。
  3. MMFは基本的に全資産が時価(それがどのような「時価」であるかはともかく)評価されているが、前述の通り、満期保有債券及び残存1年以内の債券は時価評価しないので時価の下落は評価価格の下落にはならない。投信各社のMMFは、①と②の結果この満期保有債券ポートフォリオ及び残存1年以内のポートフォリオの含み益が減少するか、場合によっては含み損を抱える状態になった。三洋投信委託の運用するMMFは、不運にも含み損の状態になった。
  4. さらに不運なことに、8月28日、三洋投信委託のオーナー(当時)であるクレアモントキャピタルが詐欺疑いで強制捜査を受け、三洋投信委託の運用するファンドの資産内容に対する懸念が受益者の間に広まり(結局これは根拠のない不安であったことがその後判明しますが、この段階では三洋投信委託のプレスリリース以外にこのときの資産内容に関する情報はあまり広まってはいませんでした)、それが同社のファンドの大量解約に繋がった。
  5. 解約に応じるためには、ファンドは保有する資産を売却して現金を作らなければならない。ある程度ならば、オーバーナイトコールや日々時価評価している資産の売却で対応できるが、それが足りなくなると時価評価していない資産をも売却せざるを得なくなる。こうした資産の時価が簿価を下回っていれば、実現損失が発生し、その額が大きければMMFの基準価額は1円を割る。三洋投信委託のMMFの場合も、これが発生したか、しそうになったと思われる。
  6. 三洋投信委託では、元本割れが発生した場合に更なる大量解約が起きると予想した。こうした事態に備え、また先に解約した受益者と後になって解約した受益者間の損失の大きさに関する不公平を避けるため、一旦ほとんどの資産を売却し、極めて現金に近いオーバーナイトコールなどのみを保有することにした。その結果、8月29日に一日で元本10,000円当たり16円というMMFのような「安全な」ファンドにしては比較的大きな損失となった。

5.銀行預金とMMF

以上のようなメカニズムは、丁度銀行に取り付け騒ぎが起きた場合に発生するトラブルと全く同じです。商業銀行は預金という流動性の高い金融商品で資金を調達し、それを融資という非常に流動性の低い資産に投資します。これで資金繰りがうまく行くのは、統計的に非常に多くの預金者が一度に預金を解約しに来ることはめったにないからです…めったに、つまりたまに発生してしまいます。倒産の噂や債務超過の報道やなにかで預金者の不安が高まり、一度に大量の預金解約(取り付け騒ぎなどと呼ばれます)が起きると、当然銀行は資金対応ができなり、本当に倒産においこまれたりします。銀行の主な資産である融資は流動性が低く、現金化が難しいからです。監督官庁が金融機関を中心に風説の流布を嫌ったり、あるいは預金を保護したりするのは主にこうした事情からです。保護されていると知っていれば、銀行がつぶれても政府が足りない分を預金者に支払ってくれるわけですから、安全な資産ということになり、大量解約や取り付け騒ぎは起きにくくなります。なお、最近は生命保険会社の破綻も相次いでいますが、これも同様のメカニズムです。

しかしながら、投資信託に政府による保証や保護はありません。利益がでても損失が出ても、それは必ず受益者のものになります。したがって、取り付け騒ぎを食い止める方策は打たれていません。それだからこそ、通常MMFは普通預金などと非常に近い性質(購入後1ヵ月以上立てばいつでも解約可能)をしていながら、普通預金金利よりも高い分配が可能なのです。ここにも、いわゆるリスクとリターンのトレードオフが働いています: 普通預金は安全性が高いがその分金利は非常に安く、MMFはいざというときにだれも保証してはくれないけれどもその分分配率が高いのです。

6.誰が悪いのか

以上の説明で、投資信託運用各社、証券会社や銀行の販売会社、受託銀行、受益者、さらに日本銀行など、いずれも間違ったことややってはならないことを一切していない点は注目に値します。三洋投信委託のケースでも、オーナー企業の強制捜査・オーナー企業の社長の逮捕は大量解約をおこすきっかけにはなりましたが、三洋投信委託のMMFは、例えば大正生命のように、オーナー企業にすすめられて「架空の金融商品」に投資を行なって損失を出したわけでは決してありません。MMFは通常の状態ならばなんら問題の発生しない資産を保有していたのです。しかし、日銀の誘導金利引上げとオーナー企業の強制捜査という2つが相次いで起きたために、不運としか言いようのない結果になってしまいました。つまり、「だれが悪いのか?」という質問に対する答えは「誰もも悪くない。運が悪かっただけだ」なのです。人によっては「保証もされていないMMFの元本を勝手に保証されていると思った投資家が悪い」、あるいは「あたかも元本保証であるかのように証券会社が悪い」とも言いますが、それは酷というものです。

 

7.では、どうするか

投資信託投資家として、こういう事態に備えることは非常に難しいですが、一つ可能なことがあるとすれば、「MMFで儲けようとは思わない方がよい。特に、安全性の非常に高い資金をMMFに投資するなら、いつも注意をして、悪い噂が出たら、多少分配率がよくても解約する」というぐらいになると思います。つまり、他の人よりも早く逃げ出す努力をするということになります。前述のように、だれもがそういう行動をとった結果、実際に元本割れが発生してしまったわけですけれども、各受益者のそれぞれの立場からいえば、こうした行動は間違っているわけでも倫理に反するわけでもありません。もしもMMFにそうした注意を払っている暇がないならば…いつか元本割れが起きるかもしれないというリスクを我慢するか、それがいやならば低いレートで普通預金にでも預けておかざるを得ないでしょう。MMFといえども、投資家の自己責任原則は密かにしかし確実に働いているのです。

筆者:P太郎(某大手運用会社勤務。専門はリスクマネジメント。)