生存バイアスとは?
ある事柄について、成功をおさめた事例や条件を満たした事例にのみに注目してしまうことによっておこる誤り、偏見のことを生存バイアスといいます。
生存バイアスは、生き残りバイアスは、残存者バイアスとも呼ばれます。英語ではsurvivorship biasと呼ばれます。
たとえば、一般的な事例をあげると、「毎日10時間を越える猛練習でプロ野球選手になった」という多くの成功例があるとして、このことをもって、「1日10時間を越える猛練習が優れた野球のトレーニング方法である」といってしまうことは、生存バイアスによる誤った見解であるかもしれません。
なぜならば、「練習の過多によって、健康を損ない、大きな障害を抱えてしまった」というケースがどれだけあるのかは、プロ野球選手になれたケースを分析しただけでは、判断することができないからです。有望な高校生100人が取り組んで、70人が怪我や健康問題を抱え、残った30人のうち、1人か2人がプロ野球になることができるトレーニング方法が優れているといえるかどうかは、判断が別れるでしょう。
投資の世界の生存バイアス
投資や資産運用においても、「私は~をして~円儲けた!」という類の投資指南が多く存在しますが、特別にうまくいった事例を持ち出しているだけであれば、有益な情報とはいえません。
とにかく変動の激しいリスクの高い投資商品にだけ投資をするような投資家がたくさんいれば、結果として一握りの大成功者があらわれますが、それが優れた投資手法がどうかといえば違います。それは、真似をしても、強運に恵まれなければ、成功することができない、「再現性のきわめて低い」方法だからです。
また、もう少し専門的な議論においても、「生存バイアス」によって、結論が誤ってしまうことがあります。
たとえば、ここに、現在、ある株式市場に上場している企業1000社について30年分の株価と財務情報(売上や利益など)についてのデータベースがあるとします。このデータを使って、ある研究者が、どのような投資をしたら、優れた収益が得られるかをコンピュータを使って計数的に分析をしてみたところ、以下のような仮説が導き出されました。これは、果たして正しいでしょうか?
「株価が相対的に低い、赤字企業への投資は、リターンが高い」
個人的な経験談ではなく、網羅的なデータベースを用いた分析と検証の結果であれば、なんだか信用できそうな気がしますが、実は、ここにも、ちょっとした落とし穴があります。
それは、分析の元となるデータが『現在』上場している多数の企業についての統計データだということです。つまり、過去に存在していて、その後、倒産、上場廃止などの憂き目にあってしまった企業がデータに含まれていません。
したがって、このデータベースにおいて登場する「株価が相対的に低く、赤字の企業」というのは、実は、「株価が安く、赤字であっても、結果的に倒産せずに、うまく生き残った企業」という偏ったデータの分析をしていることになります。
そうなると、「株価が相対的に低く、赤字企業への投資は、リターンが高い」という仮説は、「赤字によって倒産してしまった企業」を網羅的に考慮することができなかったというデータの不備によって生じた生存バイアスである可能性がるわけです。
投資信託の生存バイアス
投資信託の生存バイアスは、長期間における投資信託の運用成績の平均値を算出する際に、算出時に存続する全てのファンドの利回りの平均を算出しても、対象期間中に償還してしまったファンドの運用成績は反映されず、しかも、繰上償還されるファンドには運用成績の悪いファンドが多く、運用成績の良いファンドは生き残るため、算出された値は生き残ったファンドの影響を強く受ける、現実よりも良い結果になる傾向がある、つまり過大評価される可能性があるというものです。
例えば、2010年1月初から2015年12年末までの5年間の運用成績の平均を求めようとした場合、2010年1月には100本の投資信託が運用されていたとしても、2015年12月末には、その数は70本に減少しているかもしれません(5年間に新規に設定されたファンドを除く)。この償還されてしまった30本の運用成績が加味されないことで、算出される運用成績の平均は、これら30本を考慮した場合よりも良くなってしまう可能性があるというものです。
生存バイアスへの対処
このように、生存バイアスは、ちょっと気をつければ分かるものから、かなり専門的な知識がなければ見破れないものまで、様々なレベルで存在しますが、「再現性はあるのか?」、「分析はどれだけ網羅的なのか?」という観点から、物事をチェックすることは、落とし穴をよける手助けになるかもしれません。
参考文献
ナシーム・ニコラス・タレブ「まぐれ」ダイヤモンド社
数理系トレーダーにして、不確実性科学を研究する大学教授でもある著者の確率や不確実性、金融市場をはじめとした人間の認識の不合理などについてのエッセー。
ジェレミー・シーゲル「株式投資の未来」日経BP社
長期投資に関する実証的な研究が紹介されている投資の名著であるだけでなく、その検証にあたって、より正確な評価を行うために、企業の統廃合や株価指数への銘柄組み入れなど、とにかく慎重にデータを取り扱う姿勢が印象的。